今でもあの時のパフュームを嗅ぐと思い出す男がいる。
匂いの記憶はフラッシュバックみたいに鮮やか。
その頃、私は売り出し中のSM嬢だった。
ピンヒールにコルセット、特注品の鞭で武装してたっけ。
SMモノビデオの撮影で彼は来てた。
普段は絶対に起き出さないような時間に起きて、朝日が眩しかった。
「おはようございまーすむ と、だらけた声で挨拶した私。
そして、彼は「化粧してきちゃったんだ?俺に仕事させてくれよ」と苦笑してた。
彼はヘアメイクさん。
メイクさんって大概は女性か、もしくはゲイが多かったりするんだけど、彼は違ってた。
大きな背中、長くて細い指、ラフな服装。仄かに香るパフューム。
撮影は長時間に及んで、終了したのは深夜。
「ここ、タクシーつかまえづらいんだよ。帰り、どうするの?」と聞く彼。
「明日の仕込みがあるから事務所に寄らなきゃだけど、それで良ければ送るよ?」と。
疲労してたし、根を詰めたプレイをすると、その後の「ひとりぼっち」な感じが私は大嫌いだった。だって、女王は職業だもの。
マゾを虐め抜くのが本当は好きなわけじゃなかったんだろうな。
今ならそう思える。
でも、まだ小娘だった私は虚勢をはってた。
なめられたり なんて、死んでも嫌だった。
だけど、自分をすり減らすようなプレイの後、私は独りでありたくなかった。
他愛もない業界話をし、自宅近くまで送ってもらう。
「あ、あり がとうございました、お手数おかけして」そういって、私は降りる。
「お疲れー」私が車から降りたあと、彼が少し笑って、こう言った。
「あ、あのさ。あんま無理しないほうがいいよ。」
この時、私は思った。
「あぁ、掴まった」って。
3日後、ふいに電話がかかってきた。
「佐伯ですけどー。おつかれさまー。今日、空いてる?」
彼からだった。
「デートに誘おうと思ってさ」そう茶化して、彼は笑った。デート
だって。今どきそんな言葉、中学生だって言わないよ?と、私も笑った。
2時間後、彼と待ち合わせ。変態どもの相手とクラブでのワンナイト
スタンドで毎日が流れてく私にとって、デートなんて久しぶり。
平日の昼間っから遊園地で遊ぶ、子供みたいな私達。
夕暮れを眺めながら、彼は言う。
「瑞樹女王様よりは、今の瑞樹ちゃんのがいい表情だよ」
彼はきっと見抜いてたんだろう。必死で虚勢をはってた私に。ちっぽけな私に。
その夜、私のマンションに彼を招いた。
あっさりと私の虚勢を見抜いた彼の事をもっと知りたかった。
長い長いキスと、愛撫。この人の前だと、私、虚勢をはらなくていいんだ。そう思った。
長い指でとろとろになるまでかき混ぜられ、喘ぐ声もキスで塞がれ、奥まで深く彼は入ってくる。何度も、何度も。
そして、私の上で動く彼から滴る汗と、ただようパフュームのあの匂い。
女王だった私は、彼の前ではちっぽけなただの女になれた。
「楽にしてればいいんだよ、俺の前ではさ」 そう言いながら、何度も何度も私をいかせてくれた。今まで知らなかった快感を教えてくれた。
彼の意のままになり、彼に従い、彼に奉仕し、彼に寄り添い、彼の手で蕩ける。
彼とは別れたけれど、小娘だった私を女に変えてくれたのは彼だった。
私も結婚し、彼にも子供が産まれたと人づてに聞いたけれど、彼の匂い、今でも忘れてない。
ぐだぐだになっちゃったけど(しかもエロくないし)、当時の思い出です。
今幸せにしてます、と彼には言いたいけど、それは無理な話なので。