僕は19歳の大学生、母は42歳です。
優しくて美しい母は、幼い頃から僕の憧れでした。
僕は高2の夏に年上の大学生の彼女と初体験をすませていましたが、母とSEXしたくて仕方がありませんでした。それで5日前に、意を決して「お母さんとSEXしたい」と告白しました。優しすぎる母は、意外にも僕のことを快く受け入れてくれました。
ただ、家ではパパがいるから親子でセックスできないということで、二人で渋谷のラブホテルに行くことにしました。
翌日の朝、起きると、母は僕のために念入りに化粧をしていました。
普段はすっぴんなのですが。そして、真っ赤なワンピースをきて、母は僕と渋谷に出かけました。
僕は、彼女との初体験とは比べ物にならないくらい、母との初体験に緊張し、興奮していました。
特に、電車の中でサラリーマンが会社に向かう中、僕と母は朝から親子でセックスするべく、ラブホテルに向かっているのだと思うと、妙に興奮しました。
渋谷の駅につくと、親子でラブホテルに直行です。
ラブホテル街では、母と二人でこんなところにいるのを、知り合いにみられないかとドキドキしました。
無事親子でラブホテルに入ると、母は緊張する僕を優しく抱きしめ、なでなでしてくれました。
僕も母のことを愛撫しました。母は、僕の愛撫のテクニックの気持ちよさに喜んでいました。
親子で服を脱がせ合い、バスルームに入ると、ボディソープを使って、お互いの気持ち良いところを丹念に愛撫しあいました。
この時点で、母は気持ちよくて喘いでいました。
いよいよベッドに行くと、まずは母にテクニックを認められた僕が、「お母さん、素敵だよ。大好きだよ」と囁きながら、母の体を丁寧に愛しました。
母は特にクリトリスが敏感で、僕は母を6回もいかすことに成功しました。
母は「タカちゃん、すてきよぉ」と僕の名前を叫びながら絶頂を迎えていました。
後で聞いたところによると、この時母は、僕のテクニックのあまりの気持ちよさと、実の息子にいかされるうれしさとで、涙が出ていたそうです。
母を十分に満足させたあと、攻守交替して次は母が僕の体を愛する番です。
母のテクニックも素晴らしく、今まで付き合った彼女とは比べ物になりませんでした。
タマタマもアナルも丁寧に愛撫されました。
特に母のフェラチオは絶品でした。
僕は、「母ぁ、気持ちいいよぉ」と叫びながら、母の口の中に放出しました。
激しすぎる親子の前戯で、お互いの体を十分に満足させあったあと、しばし休憩していちゃいちゃしました。
「親子だから、遺伝子が同じだから、お互いの気持ち良いところが分かって、こんな素敵なセックスになるんだね」と笑い合いました。
そして、再び相互に気持ち良いところを愛撫しあい、母子での濃密なシックスティナインを堪能したあと、母が僕の上に乗り、母のあそこに挿入しました。
母が僕の体にクリトリスを擦り付けながら、僕の上で喘いでいる姿はとてもきれいでした。
その後、体位を変え、僕が母に突き立てながら母のクリトリスを愛撫する必殺ワザを繰り出すと、「タカちゃん、すごい、すごいよぉ」と僕の名前を叫びながら、母は再び何度も絶頂を迎えました。
いくときの母のあそこが激しく収縮し、僕もたまらず、母のあそこの中に放出しました。
終わったあと、長い間ディープキスをし、親子で舌を絡ませ合いました。
その後も、ラブホテルのフリータイムで時間はたっぷりあるので、何度も愛し合いました。
僕は、さらに母の口に一回、あそこに一回放出しました。
母はというと、何度でもいける体質だそうで、数え切れないくらいいきまくりました。
連続して10回いかせた時は、母はたまらず30秒くらい失神してしまいました。
母は「一日でこんなにいったのは、タカちゃんとのセックスが初めてよ。どこでこんなすごいテクニックを覚えたの」と感心されました。
僕は「僕がお母さんのことをたくさん気持ちよくできるのは、それだけお母さんのことを愛しているからだよ。セックスは愛情表現だからね」
と本気で言いました。
母は顔を赤らめていました。
ラブホテルから出ると、母は上機嫌で、人目をはばからず、僕に腕を絡ませ、キスを迫ってきました。渋谷の街の真ん中で、親子で濃密なキスをしました。それは、家の近くに着くまで続きました。
母は「今日のタカちゃんとの素敵な思い出の記念に、マリーゴールドの花をお庭にたくさん植えなきゃね」と言いました。
僕は「何で?」と母に尋ねましたが、母は「内緒」と言って笑っていました。
後で調べると、マリーゴールドの花言葉は「濃密な愛情」でした。
母とのセックスを終えた感想は、とにかくとても幸せな気持ちになるということです。
この4日間、僕の頭の中は母のことで一杯です。
そして今日も母と朝からラブホテルにいきます。
お母さん、今日も、ありとあらゆる気持ちの良いことを、親子でたくさんしようね。