妻を愛しているかと問われたら、別に愛していないと答えるだろう。
嫌いじゃないが好きでもない。
空気のような存在と言えば聞こえもいいけど、実際はそうじゃない。
妻はいなければいないで構わない。
空気がなかったら人間は死ぬけど、妻がいなくても俺は痛くもかゆくもない。
だから妻を抱きたいとも思わないし、もう数年間セックスレスだ。
妻も俺に抱かれたいなんて思うことはなくなっただろう。
ではなぜ寝食をともにしているのか。
子供がいるからだ。
子供が大学を出るまではお互いに不満があっても頑張らないと。
これが俺たち夫婦の暗黙の了解だ。
でも最近、妻に変化が見られた。
心なしか色っぽくなったように見える。
４０歳の肉体が５歳くらい若返って萌えている気がする。
びっくりしたのは最近のこと。
キッチンで洗いものをしている妻が鼻歌をうたっていたんだ。
昔のアイドルが歌った、甘い恋のバラード。
音楽オンチの妻が鼻歌だなんて。
一人娘に聞いてみた。
「ママが歌うたってるぞ」
「いいことあったんじゃない？」
中学入試を控えている娘はそれどころじゃないらしい。
一抹の不安が生まれた。
探偵使うと高額の費用がかかるので、自力で何とかするしかなかった。
妻に内緒で休暇を取ったり、午後から退社したりして、素行を追った。
そして決定的なシーンに遭遇したのはある火曜日のことだった。
１７時３０分頃、娘と一緒に家を出るのを見た。
娘は進学塾の通塾バッグを背負ってる。
塾まで送っていくのだろうか。
それにしても綺麗に着飾ってないか？
塾が入っている駅前の雑居ビルで娘に手を振ると、妻はそのまま駅の構内に入った。
（どこに行く気だ）
それから下りの電車に乗り、三つ目の駅で降り、改札を出たところで立ち止まった。
何かを渇望するような表情で改札を出てくる人を追う妻。
男に会おうとしてるのは確実だった。
胸がバクバクし、顔が熱くなった。
手脚が震え、何度も唾を飲んだ。
１０歳ほど若い男だった。
どこで知り合ったかしらないが、その精悍な男は妻の肩をさりげなく抱くと、
人ごみに紛れた。
見失うまいと、急ぎ足になる哀れな夫。
その黒い二つの影は、駅から７分ほど歩いたところにある妖しいネオンの建物に
吸い込まれた。
俺、その場にしゃがみ込んだよ。また唾を飲み込もうとしたけど、喉はからからで
飲み込む唾がもう残っていない気がした。
フランス語か英語かわからない意味不明な横文字の看板。
その建物のネオンの光は静かだった。
何事も起きていないかのように静かで、寛容だったよ。
激しく嫉妬したよ。
強烈な嫉妬が来た。
でもね、不思議なことにその嫉妬は妻への怒を生むことはなかった。
怒りはなかった。
そのかわり、性的な興奮がやってきたんだ。
３０分くらいそこにいたかな。
別に、出てくる妻を捕まえようと狙っていたわけじゃない。
腹の底からじわじわ昇ってくる興奮を味わっていたかったのかな。
とにかくむらむらしてた。
（今ごろ妻は裸？・・・）
（どんなことされてるんだろう・・・）
（乳とか揉まれてるのかな・・・）
（喘ぎ声だしてるだろうな・・・）
（妻は男のペニスくわえるのかな・・・）
（２回戦くらいやるのかな・・・）
妻の秘密を目撃した興奮。
今まさに妻と男のセックスが行われている建物のすぐそばにいる興奮。
乱れ狂う妻を想像する興奮。
でもなぜ怒りが来ずに性的興奮が来るのかが不思議だった。
なぜペニスが勃起してしまうのか、わからなかった。
その夜妻を求めてみた。
「疲れているから、ごめんね」
妻は笑みを浮かべて背中を向けたよ。
子供をあしらうようなしぐさでね。
数年ぶりに夫婦の営みを求めてきた夫をその一言で一蹴する妻。
そしてそのことに別段ショックを受けない夫。
この夫婦はすでに崩壊しているよ。
妻の寝息が聞こえてきた。
俺、妻に背中を向けると、あの甘いネオンの建物の中にいる妻を妄想した。
その淫らな姿を思い浮かべながら、自慰にふけったよ。
俺って変？
